2022/12/14

RED BUTTON PARAKEET#1:Eccentric Relationship (有馬かおる企画)

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会場:ART DRUG CENTER 2F

展覧会名:RED BUTTON PARAKEET#1:

     Eccentric Relationship (有馬かおる企画)

会期:2023/1/7~3/5 <OPEN土&日の12時~18時>

※この展覧会は”作者の血を使う”作品が多く含まれます。理解した上で入場や観賞をお願いいたします。





RED BUTTON PARAKEET#1:Eccentric Relationship

※1 :RED BUTTON PARAKEETとは、IЯUYAAYURIと有馬かおるのユニット。二人の関係から見える(広がって行くであろう)世界と、その世界で”生きる”コトを表現するユニット。


IЯUYAAYURI と私(有馬かおる)は写真(自分の外見)が嫌いだった。二人とも子供の頃からの写真がほぼ無い。原因はお互いに違うが、ざっくり言えば、容姿や存在を繰り返し馬鹿にされた事にある。そんな二人。が、なんのきっかけか、写真をお互いに撮りあうようになった。こんな表情するんだ、こんな表情を愛おしいと思うんだ、を繰り返し、それぞれが(他者の目を借りてお互いに少しずつ)自分自身を許し受け入れるようになっていった。写真でしか出来ないコト。笑顔が増え、両手を広げるようになった。両手を広げるポーズは絵においても重要だ。閉じこもってる人は中々そういう絵が描けない。先日、夜中にうなされてたので、どうした!?と聞いたら「嫌だって言ってるのに、あなたに写真撮られた!」と怒られた。先は長い。お互い始まったばかり。


コレは二人の関係性。ではあるが、今はまだ、全てを語る時じゃ無いし、

そんなに多くの事柄を入れ込む時間もスペースも作品も無い。


他者に撮影されるとは、他者を撮影するとは、

正直なところ、どう言う意味なのか、どうなって行くのか、どうなるのか、どうなりたいのか、わからない。お互いを撮りあうことで生まれる何かはあるのだろうか、ないのだろうか、。


そうそう、

IЯUYAAYURI が白いガーゼが敷いてあるインスタレーションしている部屋で、両手をリストカットしていた。舞台のワンシーンのようで、とても印象的だった。その時ある衝動が口から出てしまった。その腕を撮影していい?彼女はいいよと言った。


彼女に死ぬ気はないとわかるまで、かなりハラハラした時間を過ごした(理由は私が別の女性と幸せになるのが嫌だから)。

彼女は生きるために、その行為をしている。の、だ、が、不意に魔が差してしまうことがある。

実際ヤバかった時はあるあるだ。

だから、安心できないし怖いし不安ではある。


以前妻の付き添いで、カウンセリングに同席した時、二人の関係はエキセントリックだから。と、言われ、「でしょうね」と思った。

お互いに相手を本気で殺そうとは思ってないが、妻は魔が差すかもしれないし、私は狂うかもしれない。


私が生きるために(生き残るために)作品を作ったり、生活をアートにしたりするように、

二人は共に生きるために(生き残るために)二人が必要になったのかもしれない。

以前、カウンセラーに質問をした。私たちは共依存ですか?と。

カウンセラーは、外から見るとそう見えるけど、実際は全く違います。

私は、どっちでも構わなかった気がする。なぜなら違いは現在もわからないから。

今、

石巻に来て、かなり(以前と比べれば)穏やかに過ごしている。

だからこそ、ここに、この場所で展覧会ができている。


RED BUTTON PARAKEET  有馬かおる:





                         撮影 IЯUYAAYURI  


                           撮影 有馬かおる



                            20030527(17歳当時)  : IЯUYAAYURI 


                         1997(28歳当時) : 有馬かおる

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展示会場風景:











会場:ART DRUG CENTER 1F

IЯUYAAYURI 個展紹介の前に:

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この先、より過激な血液を使った展示の写真作品(画像)が数枚現れます。

ご理解した上で、ご覧ください。

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会場:ART DRUG CENTER 1F

会期:2023/1/7~3/5


 IЯUYAAYURI 個展

展覧会タイトル::生きて幸せなら生きたいよ死んで幸せなら死にたいよ


※この展覧会は”作者の血を使う”作品が多く含まれます。ご理解した上で入場や観賞をお願いいたします。


SNS: https://www.instagram.com/iruyaayuri/






                     IЯUYAAYURI 写真 無題 2022




誰のためでもなく”自分が今を生きるために”制作するIЯUYAAYURIについて:


生きて幸せなら生きたいよ

死んで幸せなら死にたいよ

(IЯUYAAYURIのinstagramより)


ART DRUG CENTERは「アートは人を癒す薬である」から命名されているが、それにふさわしい展覧会を2023年1月7日~3月5日に開催します。IЯUYAAYURI の17年ぶりの個展です。基本はレンタル(1F)の展覧会になりますが、展示作品の多くが”作家の血を使う”のでメインのスペース(誰かに展示してもらうわけにもいかず)は、RED BUTTON PARAKEET(IЯUYAAYURIと有馬かおるのユニット※1)による展示をします。


IЯUYAAYURIは2003年高校3年生の時に地元(三重県)の画廊喫茶パラスで個展を開催します。その後、YEBISU ART LABO 個展(名古屋/2004)、ART DRUG CENTER 個展(犬山/2004)、ART DRUG CENTER企画展(犬山/グループ/2005)、画廊喫茶パラス個展(2005)と精力的に展覧会をします。が、2005年に有馬より「こんなレベルの作品作るなら止めてしまえ!。お前アート辞めろ!と言われた。(IЯUYAAYURI談)」により、酷く心が傷つき活動を休止する。それから17年の年月が流れ、2022年。以前よりの制作スタイル、リストカットをした後に出る血液をガーゼに染み込ませ、それを素材に作品を制作することを再開する。


IЯUYAAYURIは言う。”未練があった。過去に活動していた自分自身に負い目を感じていた。年月が経つ度に忘れようとした。ある日、「何故こんなに生き苦しいのだ」と自傷行為をした。堪えていた涙を流すように、血を流した。過去に読んだ谷川俊太郎さんの作品「色」の最後の一行を思い出した。「絶望は単純な色をしている清潔な白だ」。私はまた、絶望の色をしたガーゼに血を垂らしていた。”


IЯUYAAYURIは今現在も(思考、作品)変化している。展覧会を決めたことで、それが加速してるのかもしれない。ゆえに、展示が始まるまで、どんな形に落ち着くかわからない。また、期間中に会場に作者が足を運ぶことはない。鑑賞者の感想は別にいらない。本人がただただ展示をした「自分の作品が見たい。」だけだからだ。「自己満足で良い」とIЯUYAAYURIは言う。「メンヘラ」という言葉がなかった時代から、IЯUYAAYURIは誰のためでもなく、”自分が今を生きるために”制作している。


最後に、

IЯUYAAYURIは美術短大の授業で、助手に「自分自身の血を使うことに対し、もの凄くディスられた」らしい。その時、美術評論家の三頭谷鷹史さんに「血は血でしかない。」と言われた言葉を今でも強く握りしめている。そして、私は2004年個展に見た作品、夕焼けの中、風になびいていた血のついたガーゼを”美しい”と思ったことを今も忘れてない。(ART DRUG CENTER代表有馬かおる)


略歴

画廊喫茶パラス2003年個展

YEBISU ART LABO 2004年個展

ART DRUG CENTER(犬山)2004年個展

ART DRUG CENTER(犬山) 2005年企画展(グループ)

画廊喫茶パラス2005年個展

ART DRUG CENTER(石巻)2023年個展



                     IЯUYAAYURI 写真 無題 2022



                     IЯUYAAYURI 写真 無題 2022


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展示会場の写真

1F:

 IЯUYAAYURI 個展

展覧会タイトル::生きて幸せなら生きたいよ死んで幸せなら死にたいよ














2F:IЯUYAAYURI の過去作品







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参考画像:2004/09/03-10/31/IЯUYA AYURI/蠱疾x個室

http://artdrugcenter1996.blogspot.com/2010/06/iuya-ayurix.html









2022/08/10

新津保 建秀 個展 (守 章企画)

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守 章企画 新津保 建秀 個展

展覧会タイトル;『往還の風景』

会期:2022年 8月20日〜10月2日 (OPEN土&日の12時〜18時


    ©︎ Kenshu Shintsubo


・新津保さんのこと

新津保建秀さんとは1995年に共通の知り合いの画廊が移転した跡地で『若い人たちで何かやれば?』との画廊主の申し出で、2ヶ月ぐらいのあいだリレーションで個展をやったメンバーでした。
たしか、僕が最初に展覧会をやったあとに新津保さんだった。
展示前と展示後に参加している四人の作家とキュレーション担当の画廊主の娘さん、たまにゲスト作家も混じってディスカッションを行うミッションでした。
僕は事前のアイデアとは違い、後に三人が個展をする最初の展示なのに壁に大きな穴を二つも開けてしまい弟以外の全員から大目玉を喰らいましたが、新津保さんは見事に穴跡を塞ぐインストールをしてみせた。
そこには展示中に食べたマドレーヌの敷紙も大小の写真と共に構成され、軽やかで甘い香りが漂う卵色の空間だった。新しさに嫉妬から罵ってしまった。
そこから時は過ぎて、二年前にアートドラッグセンターに於いて企画展を開催させて頂いたOJUNさんとの打ち合わせで藝大を訪れたとき「ウチの大学に新津保がいるんだ」と、聞かされ てっきり特任講師として写真技術を教えているのかなと思っていたら、「油画研究室で絵を描いているんだ」と聞かされ驚いた。
写真家としては確固たる成果をあげてきた新津保さん。あえて大学院という場に飛び込んで研究実績を積むまでもないとも思えたけど、絵画との経験を通じて、改めて『写真とは何か』という異分野の眼を獲得し、見ることの意味を探るために必要だったのだろう。
ここ石巻で、彼の『unknown time』を楽しみに思う。

守 章(アートドラッグセンター共同代表)


2015年の夏、カメラを置き、シンプルな画材だけを携えて私が幼少期を過ごした東京の杉並区にある西荻窪の街を再訪した。そのときは、街を流れる川の水源にあたる公園から伸びる川沿いの道を記憶を頼りに歩きながら、ドローイングの制作を行った。地面の上に紙を置いて手のひらと描画材を介してその場所に触れながらイメージを探ってゆく過程は、記憶のなかにある時間のそのものの不定形なフォルムに触れているかのような、場所そのものに触れているかのような感覚を心のなかに認識する契機となった。
それから5年を経た2020年の秋、NHKが放映する東日本大震災10年 特集ドラマのポスター撮影のために、物語の舞台となっていた石巻の街を訪れた。石巻は震災の直後の取材で赴いて以来だった。カメラを手に街を歩くと、目の前の風景に、かつてみた風景のなかに流れていた時間、石巻への列車のなかで読んだドラマの脚本のなかにあった物語のなかの時間が重なってくるように思えた。
翌年、2021年の春、そのドラマが放送される数週前、旧友の守章さんからとても久しぶりに連絡をいただいた。守さんは活動の拠点を東京からご実家のある石巻に移しておられ、その日から彼との交流が再び始まった。これと同じ頃、研究会「蜘蛛と箒」を主宰する石川卓磨さんより半年間にわたる郵便を用いた定期購読型作品プロジェクトへの誘いや、角川文化振興財団からの武蔵野の風景を撮影する依頼などがあり、国分寺崖線上のさまざまな場所へ赴いて制作をおこなった。そうした作業のなか、雑誌『GINZA』誌にて朝吹真理子さんの文章に、その年の夏休みに撮った私の娘の写真を寄稿したとき、別々に並行していた出来事が微かな輪郭とともなって交差したように感じた。
それを促してくれたのは、遠方に住む旧友との、メールや電話での、ときには対面での対話だったと思う。それらは、記憶の彼方にあった作業の断片と現在の作業を繋いでくれた。

本展では、昨夏に感じた微かな輪郭を、彼が運営する場のなかで眼差してみることを試みたいと考えている。





新津保 建秀 SHINTSUBO Kenshu
1968年生まれ。写真家。主な作品集に、『\風景』(角川書店)、『記憶』(FOIL)、複雑系科学/ALife研究者・池上高志との共作『Rugged TimeScape』(FOIL)など。撮影を手掛けた書籍に、『Hillside Terrace 1969-2019』(現代企画室)、『思想地図β2 震災以後』(ゲンロン)など。近作に、詩人の立原道造(1914-39)が生前に構想した別荘を主題とした《往還の風景_別所沼公園》(さいたま国際芸術祭2020)などがある。 現在、国際芸術センター青森に於いて開催中のプログラム、 景観観察研究会「八甲田大学校」(〜9月25日)に出展している。    

協力:蜘蛛と箒、(株)マガジンハウス『GINZA』編集部

























2021/12/11

松澤宥 展 1998年愛知県佐久島での出来事

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<緊急告知>2/19(土)から2点の記録映像を会場手前の部屋で上映します。

・松澤宥 レシタティヴパフォーマンス 80年問題22番
 2002年2月2日2時22分にパフォーマンスを始めた松澤宥

東京国立近代美術館,東京
撮影 黒田典子
12分43秒

・Ψプサイの部屋
 1964~2014/2015

撮影 ヤジマチ サト士
写真 中嶋 興
編集 黒田典子
15分


松澤宥 展 1998年愛知県佐久島での出来事 

企画者:守 章

2022.1.11(tue)-3.11(fri)


アートドラッグセンター(宮城県石巻市)は、1月11日(火)より


松澤宥 展・1998年愛知県佐久島での出来事 を開催します。 1998年に愛知県佐久島のアートフェスティバルにて行われたパフォーマンスの様子を 撮影した記録写真と当日使用された複写原稿を展示します。 佐久島での出会いから松澤宥との親交を経て蒐集された作品を交えての展示となります。 「オブジェを消せ」という啓示を受け、言葉による概念芸術を提唱、実践した概念芸術の 創始者の一人として今日もなお世界的な評価を得ています。 会期中に自宅でもある下諏訪の「プサイ(ψ)の部屋」と名付けられたアトリエを撮影された映像と 生前、東京国立近代美術館にて行われたパフォーマンス映像を上映する機会を予定しております。


新年を迎え、

ご多用中の時期とは存じますが、何卒ご高覧くださいますようお願いいたします。

企画者:守 章(もり あきら・アーティスト)


松澤宥(1922-2006) 1922年2月2日、長野県諏訪郡下諏訪町に生まれる。1964年6月「オブジェを消せ」という 啓示を受けて以来、それまでの造形的な仕事から離れ、純粋観念の世界に入り文字を使った作品や パフォーマンスを国内外で発表。自宅でもある下諏訪の「プサイ(ギリシャ語のψ)の部屋」と 名付けられたアトリエは、過去に制作された情念的なオブジェ等で埋まり、そのなかで松澤は 半世紀近くにわたり東洋的な宗教観、宇宙観、現代数学、宇宙物理学等を組み入れながら思考を 深め、そこから導き出された思想、観念そのものを芸術として表現しようとした。その点から 日本における「コンセプチュアル・アート」の先駆的な存在とされているが、現代美術にあって そうした位置づけにとどまらない、「芸術の終焉」を見つめようとした思想性をもった希有な 芸術家である。


▪ 作家名_松澤宥(まつざわ ゆたか)

▪ 展覧会名_松澤宥 展 1998年愛知県佐久島での出来事

▪ 会場_ART DRUG CENTER 〒986-0822 石巻市中央 1-2-7 2F

▪ 会期_ 2022年1月11日(火)~ 3月11日(金) Open: 土・日 12:00-18:00

*1月11日(火)、3月11日(金)両日のみ平日開館いたします。

▪ 協力_一般財団法人 松澤宥プサイ(ψ)の部屋 、長野県立美術館

▪ 特別協力_黒田康夫、黒田典子、本松満 









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2/19(土)から2点の記録映像を会場手前の部屋で上映します。

・松澤宥 レシタティヴパフォーマンス 80年問題22番
 2002年2月2日2時22分にパフォーマンスを始めた松澤宥

東京国立近代美術館,東京
撮影 黒田典子
12分43秒

・Ψプサイの部屋
 1964~2014/2015

撮影 ヤジマチ サト士
写真 中嶋 興
編集 黒田典子
15分

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石巻日日新聞、石巻かほくに記事を書いていただきました



2012/01/15  石巻日日新聞



2012/01/16  石巻かほく


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